ちどりがふちせんぼつしゃぼえん
(ちどりがふちせんぼつしゃぼえん)

                東京都千代田区三番町       

御製碑
▲ 墓苑創設の秋、昭和天皇下賜の御製を秩父宮妃殿下によっ
   て謹書されたもので、昭和35年3月28日に立てられた碑である。
くにのためいのち
         ささげしひとびとの
         ことをおもへばむねせまり
                        くる

無言の帰国、
      三十五万柱

 戦後、海外において収集された戦没者の遺骨を納めるために昭和三十四年(1959)国によって建設された墓苑である。
 当墓苑に納骨される遺骨は日本国外で戦没した軍人、軍属、一般邦人の遺骨で遺族に引き渡すことのできないものである。つまり、遺骨と化したものから故人を特定することが困難なものということであろう。
 政府による遺骨収集は昭和二十八年から現在にいたるまで続けられている。平成十七年(2005)現在で三十五万九百二十六柱の遺骨がここに納められている。先の大戦における海外の戦没者の総数が二百四十万人とされていることから、いまだ帰らざる遺骨は二百万柱以上ということになる。
 戦争にいたるにはそれなりの理由があったかもしれないが、戦争そのものは「悲惨」の二字以外のなにものでもない。
 今後日本の歩むべき道は、これら数百万という戦没者の声なき声に耳を傾けるならおのずと明らかとなってくるのではないだろうか。
 わたしたち日本人は「平和」の二字を大書した旗を高らかと掲げ、正々堂々と未来へ向って歩み続けなければならない。それこそが数百万戦没者の死に報いる唯一の道ではないか。
 墓苑の一隅に昭和天皇の御製の碑がある。昭和天皇のこみあげんばかりの思いがひしと伝わってくるのは私だけではないはずである。
納骨堂
▲ 六角堂。この地下が納骨堂となっている。
----備考----
画像の撮影時期*2005/09