りゅうせんじ
(りゅうせんじ)

                   浜松市南区飯田町           


▲ 曹洞宗・稲荷山龍泉寺の本堂。
源範頼ゆかりの三重県石薬師の「蒲ザクラ」の幼苗が平成15年2月9日に本堂前に植えられた。

蒲冠者範頼
       成長の地

 蒲冠者三河守源範頼。源頼朝の異母弟である。源平合戦では大手の大将として大軍を率い、中国から九州に渡り、平家の背後を押えた。義経が搦め手の大将でありながら劇的な勝利を収め続けえたのも範頼軍の行動があったからだといえる。
 この範頼の育った地が蒲御厨で、その荘官蒲氏の保護のもとにここ飯田稲荷山の地に屋敷が建てられた。現在の龍泉寺のある一帯がそうである。
 「蒲氏系譜」によると蒲清倫(きよとも)の娘と範頼の間に女子が産まれている。名を藤姫という。清倫は藤姫に婿をとり蒲氏を継がせたとある。範頼は遠江の温暖な地で自由奔放に成長したことであろう。
 やがて、頼朝の挙兵によって歴史は大きく動き出すのであるが、範頼も源氏の御曹司として否応なく歴史の表舞台へと出て行かざるをえなかった。
 戦後の義経の悲劇はよく知られているが、範頼も同じように頼朝から謀反の嫌疑をかけられて伊豆修善寺に配流となり、建久四年(1193)に攻められて自害に追い込まれてしまったのである。
「御厨の安穏な日々がなつかしい」
 死の瞬間に範頼の脳裏にのどかな御厨の風景がよぎったに違いない。
 ここ龍泉寺は享徳三年(1254)、天■義倫(てんがんぎりん)和尚によって範頼供養の寺として開山されたものである。
 龍泉寺の墓苑には巨大な五輪塔が建っている。これは範頼の供養塔で、現在も香華の絶えることはない。

▲ 範頼の供養塔である巨大な五輪塔。

----備考----
ページ再編集*2006/10
画像の撮影時期*2005/04