中野城
(なかのじょう)

西尾市吉良町中野郷中


▲中野城は永禄四年(1561)の東条合戦で討死した斉藤宮内の城であった。
(写真・城跡付近の願成寺)

吉良の勇士斉藤宮内

西尾市吉良町中野の字郷中に浄土真宗願成寺(がんじょうじ)がある。本堂の前に「中野古城跡」の説明板が立っている。

中野城の城主として記されているのは吉良氏家臣斎藤宮内という武士で吉良十七勇士のひとりであったと言われている。十七勇士の具体的なことは分からないが吉良家臣の中には豪勇の士として名高い富永伴五郎忠元といった武将がおり、それなりに武勇に秀でた家臣たちが揃っていたのであろう。

永禄四年(1561)、松平元康(徳川家康)は吉良義昭の東条城攻めに乗り出した。この戦いで斎藤宮内は討死したとされる。そして富永伴五郎も力尽きて討死、東条城主吉良義昭も相次ぐ家臣の討死に戦意を喪失して元康の軍門に降った。

斉藤宮内の妻は吉良家旗本の井上正朝の妹であった。東条城落城後、井上正朝は中野に帰農したという。

かつて願成寺の東に井戸があったと言われているが、現在は宅地化されて城の遺構は無いとされ、城跡の範囲も定かでない。


▲願成寺の山門。

▲本堂の角に説明板が立っている。

▲「中野古城跡」の説明板。

▲願成寺の境内。

----備考---- 
訪問年月日 2025年12月9日
 主要参考資料 「愛知県中世城館跡報告」他

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