(くわばらじょう)
県指定史跡
長野県諏訪市四賀
▲桑原城は戦国期に諏訪氏の支城として整備された。甲斐武田氏の
諏訪攻めによって諏訪氏は滅んだが、その最期の舞台となった城である。
(写真・桑原城本丸。)
諏訪氏、無念の開城
この城は諏訪氏被官であった桑原氏のものと伝えられているが、その築城時期については不明である。桑原氏の名は保元の乱(1156)時に源義朝麾下の武士として上社大祝(おおほうり)一族の諏訪五平と共に桑原安藤二、同安藤三が参戦したことが伝えられている。桑原氏は諏訪氏の支族として当地に根付いたもので後には城主桑原左近の名が見えると言われており、文明十五年(1483)頃までは同氏の存在が伝えられているという。その後の桑原氏のことは分からないようだ。しかし、桑原城そのものは上原城を本城とする諏訪惣領家の支城として存続していた。 |
▲本丸から堀切越しに見た二の丸。 |
▲東曲輪から本丸南側の腰曲輪をまわると堀切に出る。右が本丸、左が二の丸である。 |
▲国道20号から県道424号に入ると前方に桑原城の城山が見える。 |
▲国道20号四賀交差点から県道424号を約1km進んだ登り口の案内板。 |
▲登り口に立つ説明板。 |
▲登り口からの登山路は四駆であれば行けそうであるが、乗用車ではやめたほうがいいだろう。 |
▲登り口から10分ほどの所に広場がある。ここからは山路となる。 |
▲尾根筋に出て右が城跡方面である。 |
▲先の分岐からすぐに空堀の表示。 |
▲登り口から約20分で城跡の東曲輪に到着。 |
▲東曲輪の北側に首塚と呼ばれる高まりがある。土塁の名残りとも言われている。 |
▲説明板。 |
▲二の丸。先端が一段低くなっている。 |
▲二の丸から諏訪湖を展望。 |
▲二の丸から見た本丸。 |
▲本丸入口に建つ城址碑。 |
▲本丸。 |
▲本丸の東縁には土塁跡がのこっている。 |
▲本丸の井戸跡。 |
▲本丸から諏訪氏の上原城方面を望見。写真中央から少し下がったあたりか。 |
----備考---- | |
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訪問年月日 | 2016年8月17日 |
主要参考資料 | 「信州の城と古戦場」 |
〃 | 「諏訪高島城」他 |