(いちばじょう)
市指定史跡
豊田市市場町城
▲市場城は戦国期に鱸氏四代の居城として九十年続いた山城
である。最後の城主重愛によって石垣が積まれ、改修された。
(写真・本丸下の段の石垣。)
山間に生きた鱸氏四代の山城
この辺りはかつて小原谷と呼ばれる山間の里であった。この小原谷に城館を築いて居所としたのは足助重春の一族で、室町時代初期の応永年間(1394-1482)のことであったとされている。重春は後醍醐天皇が笠置山(笠置城)に挙兵した際に三河(飯盛城)から馳せ参じた足助重範の弟とされる。南朝衰退によって足助の地を去り、その一族はさらに山深い小原谷に隠れ住んだのであろうか。
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▲本丸の石垣。 |
▲戦国末期に整備されたものとしてはめずらしいとされる竪堀群。 |
▲見学者駐車場。 |
▲駐車場に立つ説明板。 |
▲駐車場から道路を渡った所が登城口である。 |
▲城跡へは遊歩道が整備されている。 |
▲遊歩道と城跡の説明図。 |
▲説明図の立っている所からしばらく進むと曲輪の高まりが見える。 |
▲市場城主の供養塔前の鳥居と説明板。江戸末期の建立と思われると書かれている。 |
▲市場城主四代の供養塔。 |
▲二の丸東側の空堀。 |
▲空堀を上がると眼前に突如石垣が現れる。本丸下の段の石垣である。 |
▲本丸の石垣。 |
▲本丸。 |
▲本丸跡に建つ城址碑。 |
▲本丸跡の説明板。 |
▲本丸西側の帯曲輪。 |
▲枡形門に至る遊歩道。 |
▲枡形門跡。 |
▲さんざ畑と呼ばれる家老屋敷跡。 |
----備考---- | |
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訪問年月日 | 2017年5月3日 |
主要参考資料 | 「日本城郭全集」 |
↑ | 「信長公記」他 |