(びんまんじじょう)
滋賀県犬上郡多賀町敏満寺
▲敏満寺城は戦乱の時代とともに城塞化した敏満寺がその防衛のために
設けた城砦であったと見られているが、その歴史的詳細はよく分からない。
(写真・櫓台跡とみらる土塁遺構。)
宗徒の砦
昭和六十一年(1986)の名神高速多賀SAにおける発掘調査で土塁、空堀、平坦地、石積み、一折れ虎口などの戦国期山城遺構が検出され、さらに敏満寺周辺は手工業都市と強大な軍事力を持った城塞寺院の様相を併せ持っていたことが明らかとなったと言われている。現在ではSA(サービスエリア)内に土塁などの遺構を残し、公園として整備されて自由に散策できるようになっている。 |
▲名神高速道路多賀サービスエリア。 | ▲SAの建物の北側の広場は曲輪跡である。 |
▲その曲輪跡の北側の窪地は空堀の跡である。 |
▲空堀跡には駐車場があり、高速道路の外からでもSA内に立ち入って城址散策が可能となっている。 |
▲空堀北側の曲輪跡はSA内ドッグランのスペースとなっている。 |
▲ドッグラン入口の土塁跡。 |
▲土塁の一部が整備されている。 |
▲土塁上に建つ「清龍山敏満寺蹟碑」。 |
▲説明板。見にくいが説明文の下に遺構図が描かれている。現地を訪れてみてください。 |
----備考---- | |
---|---|
訪問年月日 | 2015年9月5日 |
主要参考資料 | 「日本城郭全集」 |
〃 | 「近江城郭探訪」他 |