(かなざわじょう)
国指定史跡、百名城
石川県金沢市丸の内
▲金沢城は当初、加賀一向一揆の拠点が置かれた所である。織田家臣
佐久間盛政によって攻略された後はその居城として改築された。賤ヶ岳
合戦後には前田利家の居城となり、近世城郭の体裁を整えるに至った。
(写真・二の丸に復元された菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓。)
一向一揆の御堂から加賀百万石の城へ
金沢城が加賀前田家百万石の居城であったことは有名であるが、実は藩祖前田利家が新築した城ではないのである。確かに近世城郭としての金沢城を築き上げたのは前田氏であったが、当地にはじめて拠点を築いたのは一向一揆の石山本願寺(大坂城)であったのだ。 |
▲県道10号(お堀通り)沿いの白鳥路入口に建つ前田利家公の像。 |
▲大手門口(尾坂門)。 |
▲大手堀。 |
▲大手門跡石垣。 |
▲巨大な割石(鏡石)を組み込んだ大手門石垣。 |
▲大手門口を入ると新丸広場である。 |
▲新丸を抜けて河北門へ向かう。 |
▲河北門枡形に見られる隠し石垣。白壁が石垣を覆って塗られている。 |
▲金沢城の表門である河北門(復元)。 |
▲三の丸広場。正面に現在の金沢城を象徴する菱櫓、五十間長屋、橋爪門続櫓(平成13年/2001復元)が白く輝いて見える。 |
▲三層の菱櫓。 |
▲菱櫓と橋爪門続櫓を繋ぐ二層の多門櫓。 |
▲橋爪門一の門と三層の続櫓。 |
▲橋爪門二の門。 |
▲二の丸広場から見た五十間長屋と菱櫓。二の丸には藩主の居所と政務の場である御殿があった。 |
▲五十間長屋から見下ろした内堀と橋爪橋。 |
▲二の丸と本丸付段の間に架かる「極楽橋」。金沢御堂時代の名残りを思わせる名である。 |
▲極楽橋の架かる空堀。 |
▲本丸付段の二層多門櫓である三十間長屋。安政5年(1853)築の国重要文化財である。 |
▲本丸の石垣。現在の本丸は多種多様な植物の森となっている。 |
▲石川門二の門。 |
▲石川門一の門。 |
▲石川門橋から見た県道10号。かつての百間堀である。右が金沢城、左が兼六園である。 |
▲百間堀園地から見た石川門と櫓。 |
----備考---- | |
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訪問年月日 | 2016年4月30日 |
主要参考資料 | 「日本城郭大系」 |
〃 | 「平成金沢城まるごとガイド」他 |