持舟城
(もちふねじょう)

        静岡県静岡市駿河区用宗城山       


▲ 持舟城は駿河湾に面する水軍城として知られる。後に徳川水軍の
主力となった向井水軍がその初期の頃に武田水軍として活躍して
いた時の拠点となった城なのである。(写真・持舟城本丸と城址碑)

向井水軍の城

 持舟城の築城時期については明確ではない。駿河守護として駿府に居城を構えた今川氏がその防衛のために築いた支城の一つであったと見られている。日本坂峠越えの街道を押える位置にあり、駿府を守るためには重要な拠点であったようだ。
 永禄年間(1558-1570)に城主としてその名が伝えられているのは今川重臣関口刑部親長とされている。親長の娘が徳川家康の正室となった築山殿であると言われている。そのためか、永禄三年(1560)の桶狭間合戦後、家康が三河に自立すると当主今川氏真にその去就を疑われ、永禄五年(1562)に駿府にて切腹させられてしまった。
 親長切腹後、持舟の所領は氏真に召し上げられたようで、新たに今川家臣の一宮出羽守隋波斎が城主となったと伝えられている。
 永禄十一年(1568)十二月、武田信玄の軍勢が怒涛の如く駿河に進攻して駿府今川館(駿府城)を落とした。今川氏真は命からがら館を脱して遠江掛川城に逃げ込んだ。この時、武田勢はここ持舟城にも押し寄せた。城主一宮出羽守は兵と共に討死したと伝えられている。
 念願の海を手に入れた信玄は今川水軍の将であった岡部貞綱に武田水軍を組織させた。そして貞綱の招きに応じて伊勢からやってきた向井伊賀守正重を持舟城主としたのであった。向井一党はここ持舟城を向井水軍の根拠地として武田水軍の一翼を担うことになったのである。
 その後、武田氏は東の北条氏、西の徳川氏との抗争に明け暮れ、勝頼の代となってからもその戦いは続いた。特に遠江高天神城をめぐる戦いでは城を維持しようとする武田勢と徳川勢との激闘が繰り返された。高天神城への補給物資の海上輸送に向井水軍も活躍したものと思われる。

 天正三年(1575)頃、向井正重は駿河興国寺城主であったことが伝えられており、駿河湾を東奔西走して活躍する向井水軍の姿が想像される。
 この年、武田勝頼は長篠設楽原の戦いで大敗した。この戦いを境に徳川家康(浜松城主)の武田方に対する攻勢が激しくなり、駿遠に展開する武田勢は守勢を余儀なくされてゆく。
 天正七年(1579)九月、徳川家康は大井川を渡り駿河に進攻して田中城を攻撃、続いて持舟城にまで兵を向けてきた。すべては高天神城攻略のための戦いであったことは言うまでもない。持舟城には海上補給を支援する水軍の部将向井正重が居たからである。
 この戦いにおける徳川勢の攻撃は惨烈を極め、城主正重以下四百人余が討死してしまった。幸いにも嫡男正綱は不在(興国寺城にいたのか)であったので向井家の滅亡はかろうじて免れることができた。


▲ 本丸と二の丸の間に残る堀切の遺構。

 その後、向井水軍を引継いだ正綱は駿河湾東部において北条水軍を相手に活躍し、武田滅亡後は一転して家康に仕え、徳川水軍の主力となって活躍した。
 ところで、持舟城を落とした徳川勢は勝頼が対北条の陣を解いて向かって来たために直ちに撤収、田中城の包囲も解いて掛川城に戻ったとされている。
 持舟城を奪回した勝頼は城を修築して翌八年(1580)二月に朝比奈駿河守信置を城主とした。
 天正九年(1581)、遠江の要衝高天神城が落城。天正十年(1582)、家康は織田信長の甲州征伐に合わせて浜松城を出陣、孤立した武田方の諸城を落としつつ駿府へと兵を進めた。もちろん、持舟城にも徳川勢が押し寄せた。持舟城主朝比奈駿河守は五日ほど籠城していたが敵わずとみて開城、久能城に退去してしまった。
 その後、持舟城は廃城となったと伝えられている。

 ▲ 城山の南麓にある大雲寺。ここは蔵屋敷と呼ばれる所で、城に関連する施設があったと伝えられている。
▲ 用宗駅付近の線路沿いの道から城山を見上げる。

▲ 大雲寺から線路沿いの道を200mほど行くと浅間神社がある。ここから城山へ向かって農道を登る。この農道は一般車は通行禁止なので注意。

▲ 農道から城址への登城口となる階段。

▲ 本丸。以前あった城山観音の建物は老朽化のためか撤去されている。

▲ 本丸から東北方向を見る。遠方に富士山、眼下には東海道本線、新幹線、国道150号、東名高速を俯瞰できる。ここは現在でも交通の要衝なのである。

▲ 本丸から用宗漁港を見る。

▲ 二の丸。現在はミカン園となっている。

▲ 城山の北東方向に突出した出曲輪。浅間山砦と呼ばれている。

▲ 本丸に立てられた案内板に描かれた縄張図。

▲ 城山烈士供養塔。用宗公民館前に建てられている。向井正重以下城とともに散華した将士の霊を祀っている。

▲ 城山烈士供養塔の由来記。
----備考----
訪問年月日 2012年2月18日
主要参考資料 「静岡県古城めぐり」
「静岡の山城ベスト50を歩く」他

 トップページへ全国編史跡一覧へ