(たかだじょう)
県指定史跡、百名城
新潟県上越市本城
▲ 高田城は大坂の陣(1614)開戦の年に急造された平城であ
る。家康六男の松平忠輝が越後支配の府城とするために
築かれた。(写真・平成5年(1993)に復興された三重櫓)
大坂冬の陣直前、
江戸背後固めの城
戦国期の越後は言うまでもなく上杉謙信の領国であり春日山城がその居城であったことは周知の通りである。謙信亡き後、御館の乱を制して春日山城主となった上杉景勝は慶長三年(1598)に会津転封(若松城)となって越後を去った。替わったのは豊臣大名の堀秀治であった。越前北ノ庄城主十八万石からの転封であった。越後春日山四十五万石への栄転であったが与力大名も付属されたため、実質的には十万石余であったといわれる。 |
▲本丸南側の大手口に架かる極楽橋。平成14年(2002)3月に復元された。 |
▲本丸付近に残る土塁。 |
▲ 極楽橋を渡って本丸へと向かう。 | ▲ 本丸に踏み入ると土塁が目につく。高田城は石垣を用いずに造られた近世城郭なのだ。 |
▲ 本丸跡の碑。現在は上越教育大付属中学校が建てられている。 |
▲ 本丸南西隅に再建された高田城のシンボル、三重櫓。 |
▲ 三重櫓から西方の山並みを望見。 |
▲ 三重櫓前に掲げられている高田城絵図。 |
----備考---- | |
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訪問年月日 | 2012年5月3日 |
主要参考資料 | 「日本城郭総覧」他 |