(たまるじょう)
:県指定史跡、続百名城
三重県度会郡玉城町田丸
▲田丸城は南朝の重臣北畠親房が吉野・伊勢間の街道を確保
する為に築いたとされるが、詳しいことは分らない。室町時代
には北畠氏一族田丸氏の居城となり、玉丸御所と呼ばれた。
(写真・北の丸から見た本丸の石垣群。)
北畠氏一族・田丸氏の居城
延元元年(建武三年/1336)は足利尊氏が室町幕府を開き、後醍醐天皇が吉野へ移ったという南北朝時代の始まった年である。
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▲本丸前の駐車場から見上げる。 | ▲本丸への登城口。帯曲輪の石垣と正面は本丸石垣である。 |
▲野面積の石垣。 |
▲田丸城の東面は総石垣で構築されている。。 |
▲北の丸東面の石垣。 |
▲北の丸西側には土塁が巡っている。 |
▲北の丸と本丸の間の空堀。 |
▲本丸虎口。 |
▲本丸と天守台。 |
▲本丸から西方を展望。 |
▲本丸と二の丸間の土橋。 |
▲本丸二の丸間の空堀。 |
▲二の丸富士見台。 |
▲城址東側の玉城中学校。かつての三の丸跡で、御殿が置かれた。 |
▲二の丸虎口。 |
▲富士見門。かつて三の丸から二の丸に向かう長屋門であった。 |
▲蓮池跡。 |
▲田丸城跡の説明板。 |
----備考---- | |
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訪問年月日 | 2015年1月3日 |
主要参考資料 | 「日本城郭総覧」 |
↑ | 「日本城郭全集」他 |